先人たちの知恵
真空管の形状と通称

 普段使っている真空管の ST管や、GT管といった呼び名の 語源はいったい何なのでしょうか。 資料を基にまとめてみました。 間違いのご指摘歓迎します。

ナス管Globe
 UX-201A のように野菜のナスのような形をした真空管は、 わが国では通称ナス管と呼ばれています。 アメリカでは Globe と呼ばれることが多いようです。
 RCAR-10 マニュアル(1932年ころの発行と思われる)の ガラス形状の分類では S管(または S型管)となっています。 マニュアルの p.42 を見ればわかりますが、ガラス形状を表す"S"は Straight side が 語源です。
S管はガラス形状の大きさの違いから、次のように分類されています。
S-12、23023623723823956
S-14、UX-201-AUX-112AUX-171-AUX-222UY-224-AUX-226UY-22723223323423582
S-17、UX-24546247UX-280
S-19、UX-281
S-21、UX-250
(1931年ころから RCA の正式名称にUX-UY-といった prefix は廃止、 その後名称の数字が2桁になりました。)
他のメーカーには、41425758 のナス管もありました。

 他にも、Spherical(=球状)を語源とする説があります。 (「真空管半代記」東京文献センター 藤室衛著)
写真上 左から UX-200-AUX-201-AUX-121-AUX-171-A
写真中 左から UY-22724235G-513956
写真下 左から UX-2454780



T管Tubular
 UX-199 のように筒の形をした真空管を T管と呼びます。 こちらも S管同様 RCA のガラス形状の分類による呼び名で、 UX-199UX-120 は T-8。"T"の語源は Tubular です。(同マニュアルより)

 もともと ST管で開発された球も、GT管が製造される時代になって メーカーの都合で T管に変更された例もあり、 198084/6Z42A6 などに見られます。 マジック・アイ 6E56N5 も最初は ST管でした。
写真 左から 2E56E56N56AB5/6N56U5  いずれもマジック・アイ



ST管(ドーム管)
 6D642 などの ST管も RCA のガラス形状の分類による呼び名で、 6D6 は ST-12、42 は ST-14 です。
S管の上部に T管を組み合わせた真空管 (=a combination of Tubular and Straight side or Dome type) というわけです。(同マニュアルより)  外見からドーム管ダルマ管と呼ばれることもあります。
 S管で問題だった電極の保持が、球の頭頂部のガラスのくびれにマイカで電極を固定 することによって大幅に改善されました。 1932年登場。
 他の説では、「横から見るとガラスが S字形をしていることと、付け根部分が先細(テーパ)状 になっていることから、ST管と名付けられました。」 (「真空管ラジオ・アンプ作りに挑戦!」p.96、技術評論社 片岡基著)

 その他にも、Standard Tube の略とする説もあります。
写真上 左から G-57G-6C76D7(スプレーシールド)、 6D7(メッキ鋼鈑シールド)
写真下 左から 3031323334


メタル管
 6V6 など外殻を金属で覆われた真空管をメタル管 (=Metal tubeAll-Metal Radio tubeMetal-bulb Radio tube、金属管)と 呼びます。 発売当時から広告で自ら名乗っています。 絶対割れない、シールドが完全、ソケットは US(オクタル)に統一、ST管に比べて小型、 といった特長があります。
RCA の形状の分類では、メタルの T管であることから、6V66F6 は MT-8 です。 1935年登場。製造技術が難しいといわれ、わが国では民生用には作られませんでした。
G管
 メタル管の登場以来、US(オクタル)ソケットに移行する流れを受けて、ST管のベース、 キャップを取り替えただけの、メタル管同等のガラス球が登場しました。 このとき、メーカーの広告では Metal に対して Glass と呼んで区別しました。 そのため、通称 Glass-bulb type または G管と呼びます。 ベースは US(オクタル)ですがガラス形状は ST であることから、 オクタル ST あるいはグラス・オクタル、 アメリカでは shouldered style of glassST Glass などと呼ぶこともあります。

 例えばメタル管 6F6 のガラス球の名前には、末尾に -G を付けて 6F6-G と呼びます。 ガラス形状は同等管の 42 と同じ ST-14 です。 1936年登場。
GT管
 1938年、新型電池管 1A7-G1N5-G1H5-G1A5-G1C5-GTubular 型のガラス形状で登場しました。 これが起源となって、オクタルベースの Glass-bulb typeTubular 型真空管を GT管と呼ぶようになります。
 メタル管と互換性がある球、例えばメタル管 6F6 同等の GT管には、末尾に -GT を付けて 6F6-GT と呼びます。 6F6-GT のガラス形状は T-9。
 Glass TubesMetal Tubes に対するガラス球の総称であって GT管を指す言葉ではありません。 アメリカの通販真空管 web-siteでは、GT管を Tubular Glass と記載していることがあります。
写真上−メタル管  写真中−G管  写真下−GT管  それぞれ互換性があります。  

 アメリカではひと時、同等性能のメタル、Glass、GT が同時に生産されていました。 例えば、メタル管 6K7、G管 6K7-G、GT管 6K7-GT。 しかし1942-1945年戦時体制となり、需要の少ない種類については WPB (War Production Board = 戦時製品管理局) の命令によって真空管の種類を統廃合して縮小しました。


 ロクタル管
 ロクタル管(Philco Radio & Television Corp. と Sylvania は Loktal、他社は Loctal と綴る)は Lock-in Octal Tubes の略称で、その名のとおり、一度ソケットに差し込むと 簡単には抜けない構造の8本足の T-9 ガラス球です。 Lock-in とも呼ばれます。 1939年に登場しました。

 例外もありますが、ロクタル管には分かりやすい独特の名称が与えられました。 例えば、7 で始まるのは、ヒーター電圧が 6.3V の球で、ロクタル管 7C5 は GT管 6V6-GT とヒーター電圧も特性もまったく同じですが、 あまり意味のない 7V 時のヒーター規格を名目上加えることによってこの名前を得ています。 同様に 14 で始まるのは 12.6V の球です。 また、電池管には 1LN5 のように L の文字が入ります。
 こうした例はロクタル管以外にもあり、 1A6 などのように、フィラメント電圧 2V の電池管の名称が 1 で始まるのと同じで、単なる決め事です。 2V の電池管は 2.5V の交流管と紛らわしくなるのを嫌ったためと思われます。

 ロクタル管はアメリカの軍用無線機用として多くの品種が開発されましたが、 mT管がすぐ後を追って登場したこともあって、 民生用としてはそれほど普及せずに終わりました。 わが国では本格的に生産されることはありませんでした。


mT管ミニチュア管
 アメリカでは miniature tubes(ミニチュア管)と呼ばれます。 わが国ではミニチュア管、または ST管GT管 にならって mT管と呼びます。 (miniature 型の Tubular 管: MT管はメタル管ですでに使用されていますので、慣例で mT管と小文字で記載します。) 6BA6 の RCA のガラス形状の分類による呼び名は T-5 です。 1940年登場。(1939年11月13日発表)

写真左から 1AB6/DK961AJ4/DF961AH5/DAH963C4/DL963Y4/DL971H31N3/DM71(分類は T-3)

写真左から 1R5-SF1T4-SF1U5-SF3S4-SF1U63Z4


ソケット/ 真空管のベース
初期の真空管を除く、ナス管、ST管、T管
4ピン/ UX(standard four-contact socket)/ Medium 4-pin(201A2A3 ほか)、 Small 4-pin(3031 ほか)
5ピン/ UY(standard five-contact socket)/ Medium 5-pin(4776 ほか)、 Small 5-pin(3738 ほか)
6ピン/ UZ(standard six-contact socket)/ Medium 6-pin(426E6 ほか)、 Small 6-pin(416D6 ほか)
7ピン・ラージサークル/ UT(medium seven-contact socket)/ Medium 7-pin(6A653 ほか)
7ピン・スモールサークル/ Ut(small seven-contact socket)/ Small 7-pin(6A76B7 ほか)

メタル管、G管、GT管
8ピン/ US(standard octal socket)/ Octal(6V66SK7 ほか各種octal)

ロクタル管
8ピン(lock-type socket)/ Lock-in Octal(7A77C5 ほか)

ミニチュア管
7ピンmT(miniature seven-contact socket)/ Miniature button 7-pin base(1T46BA6 ほか)
9ピンmT(miniature nine-contact socket)/ Small button 9-pin base(6CL612AU7 ほか)


番外
マイカドン
 マイカドン(Micadon)は、1920年代にアメリカのコンデンサ・メーカーの デュビリアー(Dubilier)から発売された、グリッド検波用のマイカ・コンデンサ の商品名です。 優れた商品で、1930年までにアメリカのラジオ用マイカ・コンデンサの 市場を席巻してしまったそうです。
 情報も部品もアメリカから仕入れていた当時のわが国では、錦水堂(後のLux)が 代理店契約を交わし輸入販売していました。 1927年(昭和2年)9月号の「無線と実験」誌の広告によれば、当時すでにマイカドン の日本製ニセモノ商品が大量に出回っていたようで、しかもそれらのどれにも「Dubilier Micadon」と 書いてあったそうですから、マイカコンデンサが通称マイカドンと 呼ばれるようになったのも無理からぬことです。
 TRIO のコイル・パックにも、"MICADON"と標示されたマイカ・コンデンサが 使われていました。 こちらは双信電機の製品でした。

ニュートロドン
 1923年アメリカのハゼルチン博士がニュートロダイン方式 (=Neutrodyne:高周波増幅に3極管を使う際に発振しないように中和回路を設ける方式) のラジオを発表しました。 翌年、ギルフィランブラザーズ社(GILFILLAN BROS. INC.)から GN-1 型と GN-2 型が発売され、わが国にも輸入され「無線と実験」誌に紹介 されました。 このラジオに使われていたベークライト製の中和コンデンサをわが国では ニュートロドン(Neutrodon)と呼んでいます。
 アメリカではいくつものメーカーがハゼルチン博士からライセンスを受けて ラジオを製造していましたが、アメリカのマニア向けのサービスマニュアルには、 neutralizing condenser あるいは bypass condenser などと記載されているも のの、Neutrodon の単語は見当たりません。 もしかしたら、ニュートライジング・コンデンサーという言葉が日本人には 発音しづらいので、マイカドンにならってニュートロドンとわが国で命名された のかもしれません。

コンデンサーとキャパシター
 1920‐30年代のアメリカの書籍では、全ての表記がコンデンサー(condenser)でした。 情報も部品もアメリカから仕入れていた当時のわが国では、これに倣うことになります。 第二次世界大戦以降のアメリカではキャパシター(capacitor)表記が増え始め、 1959年版"THE RADIO AMATEUR'S HANDBOOK"の記事には"capacitor or condenser"と両方が併記されています。 また、巻末の広告には"TRANSMITTING CONDENSERS"と"VARIABLE AIR CAPACITORS"が 同一ページに並んで掲載されているなど、移行期であったことがわかります。 なお、現在のアメリカでは capacitor 表記が一般的です。
 別の角度から検証すれば、RCA の Receiving Tube Manual を年代順に見ると、 RC14(1940年)まではコンデンサー(condenser)表記、 RC15(1947年)以降はキャパシター(capacitor)表記となっています。 この間に何事が起ったのでしょうか。

ケミコンとは
 余談ですがケミコンとは電解コンデンサの通称です。 無線と実験 1933年(昭和 8年)1月号の広告に、アメリカから日本に輸入された初期の 電解コンデンサが「セミドライケミカル」と紹介されています。 このあたりが語源かもしれません。 昭和 30-40年代のラジオ関係の書物には、 ケミコンという表現が一般的に使われていました。 従って、この時代にラジオに夢中な少年だった方は今でもケミコンと呼びます。  車のジープやクラクション、ラジコン、ファミコン、 宅急便などと同様に元は商標かもしれませんが、 一般に認知された言葉といってもいいように思います。  ところが、日本ケミコンのホームページを見ると、ケミコンという商品は 日本語にも英語にも出てこないのが興味深いですね。
(2011年5月7日加筆)
(2008年1月4日加筆)
(2007年12月31日マイカドン加筆訂正)
(2007年8月15日追記)
(2004年11月20日初稿)
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